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浦和地方裁判所 昭和34年(ソ)1号 決定

抗告人 水沢瑠美子

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は、

抗告人はその子セラ・アン・イクコ(国籍アメリカ)が昭和三三年九月二七日出生したことによる外国人登録の申請について、その申請義務者であるところ、法定の期間内に右申請をしなかつたと言う理由で、同年一二月一二日大宮簡易裁判所において一、五〇〇円の過料に処せられた。しかしながら、抗告人は法の不知から、出生によつて本邦に在留することとなつたときの登録の申請は、父又は母が当該外国大使館に直接出頭し、その入国手続を済ませたのち初めてできるものと解していた。本件においては、セラ・アン・イクコの父は外地に居住し、また母である抗告人は産後の静養を必要としたため、入国手続をとることができず、且つ登録申請も不可能であつた。従つて、抗告人には、法定期間内に登録の申請をせず、昭和三三年一一月二四日に至つてこれをなしたことについてやむを得ない事由があつたと言うべきである。よつて、前記過料の決定は不当であるから、その取消を求めて本申立に及んだ。と言うのである。

ところで、外国人登録法は、同法第一条の規定するように、我国に在留する外国人の登録を実施することによつてその居住関係及び身分関係を明らかにし、もつて在留外国人の公正な管理に資することを目的とするものであつて、かような行政目的を達成するために同法第三条は、在留外国人が上陸、出生その他の事由が生じた日から一定の期間内にその居住地の市町村長に対し登録の申請をしなければならないとし、同法第一五条二項は、外国人が一四歳に満たない場合又は疾病その他身体の故障に因り自ら申請その他同法に定められた手続をすることができない場合には、当該外国人と同居する者が一定の順位により当該外国人に代つてこれをなすべき旨の義務を定め、そして同法第一九条は右義務の懈怠に対し五、〇〇〇円以下の過料を科することとしているのである。従つて、右過料は在留外国人に関する管理行政の適正な運営をはかり、且つその秩序を維持するためのいわゆる秩序罰としての性質をもつものと解される。しかして、秩序罰としての過料については、実定法上総則的規定を欠き、この点如何なる法理を適用すべきか明らかではないが、前叙のようにその性質が行政上の秩序を保つために秩序違反行為に対して科する制裁であることに鑑みれば、違反者の主観的責任要件(故意又は過失)の具備はこれを必要とせず、単に客観的に違反事実が認められればこれを科し得ると解するのが相当である。そうだとすれば、この場合刑事犯或は行政犯と異なり、法の不知、ひいて違法の認識の要否と言うようなことは問題とする余地がないと言わねばならない。そうすると、抗告人が外国人登録法の規定を知らなかつたとの主張は、その余の審理を俟つまでもなくこの点において排斥を免れない。

次に、抗告人はセラ・アン・イクコの出生の日から三十日以内に登録申請をしなかつたことについてやむを得ない事由があつたと主張する。なるほど外国人登録法第三条第三項によれば、市町村の長はやむを得ない事由があると認めるときは六十日を限り登録申請の期間を延長することができると規定している。しかしながら、法の不知に関する判断は前示のとおりであり、また本件記録に徴しても抗告人がその主張するように出生の日から三十日以内に申請することができない程に疲労した身体状況にあつたとは認め難い。従つてこの点に関する抗告理由も採用できない。

その他本件記録を精査しても原決定には何等違法の点を発見し難いから、抗告人の本件抗告は失当として棄却すベきものとする。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 西幹殷一 中田四郎 大久保太郎)

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